「できる時」まで。

今日は祖父の手術を見舞ってきました。

病気そのものは命に関わるものでもないけれど、
やはり80歳を過ぎて全身麻酔で手術というのは大変なことです。
しかも開腹だしなあ…と心配していたのですが、幸い症状が軽くて内視鏡で済みました。
医療の進歩ってすごいですね。素晴らしい。
おかげで、「病院に着いたときにはもう無事に終わっていた」というスピード手術で済みました。
良かった。

以前にも書いたように、とても80代とは思えない元気な祖父なのですが、
それでもやっぱり80代は80代なんだよな、と痛感しました。
当然のことですが、両親にしたところで、もう決して若くはありません。
親孝行だってもちろんしたいとは思うし、心配をかけないのは最低限の親孝行だとは思うのですが、
こういう「ヤクザ」な生き方(言葉が悪ければ、「安定成長から最も縁遠い生き方」)を
選んでしまったわが身とあっては、その最低限すらなかなかままなりません。
それはやはり、省みてもっとも忸怩たるところです。
多分これは、人文系の大学院に進学した人におおむね共通する感情ではないかと思うのですが。

事ここに至っては、自分にできることといったら、この無謀な賭けに勝つために
とにかく努力して研究を積み重ねるしかないわけですが、
両親にも祖父母にも、どうか長生きしてもらいたいです。