古典の魅力。

ここで言う古典は、いわゆる「古典文学」ではありません。あらかじめ。
(そりゃーほんとは、専門から行けば、『平家物語』とかの魅力を語るべきなのかもしれませんけどね)

先ほど、借り物の有吉京子『SWAN』の1~6巻を読んだのですが。
いやー、面白かった。なんでしょうね、こう、登場人物の真摯さや情熱が伝わってくるというか。
それが、単に絵柄やストーリーから伝わってくるのではなくて、バレエの演目に対する解釈や、
そこにいたるまでの登場人物自身の読み込みの過程とか取り組み方とかから伝わってくるんですよね。

連載が76年から81年までなので、実に30年近く前の作品ということになります。
(つか、連載開始時にはまだ生まれてないぞ…)
ゆえに、ストーリー的には、熱血スポコンバレエマンガ、
ありえない展開でシンデレラ登場!というお約束パターン(笑)、
登場人物はお目めキラキラ、背中にはくどいほどのスクリーントーン(笑)、
描かれているバレエの技術レベル・日本の状況も当然当時のもの、という作品です。

でも、やっぱり読んだら感動しました。
スポコンチックな要素それ自体は、多分どんなマンガでも不可欠なものだと思いますし。
だってね、結局のところ、人の心を動かすのは、人の情熱なわけでしょう?
問題は、それをいかに論理的に・効率的に・かつ情緒に訴えて、
目的達成につなげるかという点にあるわけで。
とまあ、何だか感動に無理やり理屈をつけるようなこじつけになりましたが、
そういうところがすごくうまくできているマンガゆえなのかなあと思うのです。

同じような理由で好きなマンガに、槇村さとる『愛のアランフェス』があります。
フィギュアスケートといういまだにマイナーから抜けきらない(笑)スポーツを題材にした
古典の部類の属するマンガです(連載は78~80年)。

これがまたいいんですよ~。ラブストーリーとしても楽しめます。
でもね、登場人物みんなが、みんな真摯で、スケートに一生懸命なのです。
とりわけ好きなのが、スケート連盟の会長ですね。
この人はかつて主人公の父親のライバル(そして恋敵)だったスケート選手でしたが、
主人公たち若い世代のために、懸命に世界レベルの大会を招致し、
その大会に見合うだけの技量を持った選手の育成を目指して、必死に奔走します。
こういう本来背景に引っ込んでいる脇役にもきちんと肉付けし、主人公たちとの交流の中に、
彼らが成長していく要素をきちんと織り込んでいるところ、
そして、そんなサブキャラにもどっぷり感情移入できるところが大好きです。

全く別の一例を挙げます。
大好きなSF小説の古典に、ハインラインの『夏への扉』があります。
57年作品ですから、実に48年前の作品ですね。
舞台は1970年のアメリカで、SFのプロットとしては、冷凍睡眠とタイムマシンの組み合わせ。
主人公はロボット発明家で、会社を共同経営者と女性秘書に体よく乗っ取られ、
あげく冷凍睡眠で30年間眠ったあと、復讐と愛する姪を取り返すためにタイムマシンで過去に戻り…
というお話。大事件が起こるわけでもなければ、超絶テクノロジーが登場するわけでもない。

このお話がSFファンの中で常に最上位に位置するのは、
ひとつには主人公の猫であるピートの魅力によるものです。
ですが、私個人は、ちょっとおっちょこちょいで、すてきな職人魂を持ち合わせた主人公が、
自分の失った幸せを取り戻すために一生懸命駆けずり回って努力する姿にとても共感します。
それと、主人公の口を借りて、作者がこそっと垣間見せる、人間社会のありきたりだけど大切なものに。

「給与係下士官には二種類しかない。一種類は、当然入るべき金を、なんのかのと規則をこじつけて
 減らそうとかかるタイプで、もう一種類は、規則書を端から端までほじくり返して、
 たとえそれだけの資格がなくても、必要なだけ取れるようにしてくれるタイプだ。」

「なんど人に騙されようとも、なんど痛い目をみようとも、
 結局は人間を信用しなければ何もできないではないか。」

いずれも主人公のモノローグです。大好きなセリフですね。

長々書きましたが、要するにこういうことです。
大切なのは、最新技術でも、シチュエーションでも、ストーリー展開でもありません。
いろいろな状況で、いろいろな限界の中で、人がどのようにそれと向き合い、どう生きていくのか。
そのあり様そのものと、それがどれだけリアリティーがあり、読者が共感できるかという点に、
作品の評価はかかっているのではないかと思います。
時代性という壁を越えて、読者を感動させてくれる古典というものは、
そんなところに魅力があるのではないでしょうか。

注1 もちろん、こういった方向性とはまーったく別のタイプの面白さもありますし、
   それはそれで好きです。ミステリーとか、ギャグマンガとか、その他いろいろ。
注2 古典も好きですが、新しい作品ももちろん好きです。
   ビッグコミックとスピリッツとモーニングは欠かさず立ち読みするくらい好きです(笑)。