海野つなみ『後宮』。

「このくそ忙しい合間の深夜に何やってんだか」と自分でも思うのですが、
とりあえず読み終えた直後の読後感を書き残しておこうと思ったもので。

作品は、海野つなみ後宮』です。
鎌倉期の女流日記文学である『とはずがたり』を素材とした作品。
あらかじめ言っておきますが、『とはずがたり』の原文は読んでません。
もう一つついでに言うと、『後宮』や『とはずがたり』の内容の虚構性も問題にしていません。
あくまでも『後宮』のストーリーをありのままに見た場合にどうか、というレビューです。

とりあえず、あらすじを紹介するのは僕の仕事ではないので、講談社の紹介を読んで下さい
…と思ったんですが、
今から七百余年前、時代に翻弄されながらも恋に自分に正直に奔放に生きた女性がいた。その人、二条。
なんかもう、この説明からして徹底的に間違ってるような気がするよな。

んーとねえ、鎌倉時代に限らず、前近代社会を描いた作品のリアリティというのは、
一言で言えば「身分秩序」とか「世間」というものが行動原理にきちんと組み込まれているかということに
尽きると思うんですよね。
で、『後宮』はその部分がすごく良く出来ていて違和感がない。
たとえば、『後宮』の冒頭、二条と御所様(後深草院)との新枕の場面で、
御所様が結局は太上天皇としての権威を傘に着てしまったり、
二条が「誰にも知られてへんならともかく こうなったらもはやどうしようもないやんか」と嘆いたり、
周囲は無邪気に二条と御所様との婚姻を喜んでいたりという、
(本人の気も知らずに…というより、上皇との婚姻がイヤだなんていう発想がないんだよね、きっと)
スタート地点でのボタンの掛け違いが、読んでいてすごくストンと胸に落ちます。

このお話だと、二条のベースラインは「拒めないし、拒まない」タイプのキャラクターです。
二条に限らず、ストーリーは基本的に「好意の行き違いの集積」として展開してます。
キャラクター的に特異なのは、近衛大殿(鷹司兼平)くらいのもんでしょう。
彼の割り切りっぷりは、あそこまで行くといっそすがすがしいくらいですが。
あとはまあ、新院(亀山院)がひたすらエロい兄ちゃんとして描かれています。
まああの、こういう人がコメディリリーフを演じてくれないと、
本筋だけではちょっと読んでて重すぎてしんどいですよ、きっと(笑)。
他にも、お付きの女房の桂&さくやの二人をはじめ、脇のキャラの設定がいいですよね。
そうやってネタを入れたり、描き過ぎない絵にしたり、適度に軽くしてくれているのがいいです。

が、主題はやっぱり「好意の行き違い」なんだと思うんですよね。
特に、御所様と二条の関係において。
リアルでこんな人間関係が身近にあったら、正直ちょっとウザいと思います(笑)。
でもねー、あそこまでねじくれてなくても、
「もっといい関係になれたはずなのに、そうはなれなかったカップル」というのは、
きっと現実にたくさんあるんじゃないかと思うんですよ。
それは多分、人の心そのものにある内在的な要因と、タイミングその他の外在的な要因との、
両方に起因するのだと思うのですが。

その上で、御所様が死に、その葬列を二条が追って行く場面での、二条の述懐が心に応えました。
辛いことばっかりやと思うていたのに 思い出すのは優しかったお姿ばかりなのです
…それってやっぱり愛だよね。愛ってそういうもんだよね。
だからって、愛があればうまく行くというわけでもない。
つくづく、人間の情って難しいよなって思います。
そのうまく行かなさをリアルに描いているところが、この作品の素晴らしいところでしょう。

ところで、このマンガを貸してくれたお友だちから
>読んだら、御所様・実兼様・御室の「胸キュン度」ベストを教えてください(笑)
という宿題が出ていたので(笑)、回答しておきます。
えー、「胸キュン度」っつーか、誰か一人選べと言われたら、断然実兼様を選びますね。
なんていうかね、御所様と御室の行動原理って、基本的に「欠落」から始まってるでしょう。
多分僕は、善悪以前の問題として、そういう行動原理がもうすっきりしないというか、
頭ではわかっていても全然ピンと来ないんですよ。
それは多分、『銀英伝』読んでてどうもロイエンタールに萌えないのと同じなんだと思うんですけど(笑)。
まああれだよね、きっと僕がそういう「欠落」を感じずに生きてきたからだよね。

その点、実兼は伸びやかというか、屈託がないですよね。
だから、若気の至りで暴走するにしても(それもかなりの暴走っぷりw)、常にまっすぐ暴走する。
んで、限界はあるとはいえ、本人なりに二条の幸せがちゃんと目的化されていて、
それを素直に具体化することができる。
御所様の臨終間近に、二条が御所様の姿をもう一度見ることができるように
サラリと手配してあげることができる実兼は、実にいい男だと思います。

…多分予想通りの感想に落ち着いたんじゃないかな~という気がしますね(笑)。