自称「論文」なるものを真面目に読んでみる。

えー、ちまたで話題の例の「論文」なるものについてです。
「こんなもののどこが論文やねん」というのはまったくその通りで、
保守派のみなさまは歴史認識どうこう以前に、
この程度の思考力しかない人間が制服組のトップクラスまで昇進する、
自衛隊の人事運用やら防衛大学校の教育システムやらの心配をするべきではないかと思いますが(笑)。
なにしろ、論拠もほとんどなく論証がまったくないというのにとどまらず、
そもそも文章としてハチャメチャだからなあ。

というわけで、「論文」というよりもはや「妄想」と言っていい代物ですが、
まあ折角なので、その妄想の構造を分析してみようじゃないか、というわけで。
なにしろ、妄想の内容そのものは、新味がないだけで、
基本的には戦前の日本を肯定する人たちと同じことを言っているのですから。

書いてある内容を、とりあえずそのまままとめてみたのが以下の要約です。
章立ても何もなされていないので、便宜上わけてみたのがカッコ内です。
書き出しの数字も、内容ごとに便宜的に番号を振りました。
(戦前の対朝鮮・対中国関係)
1戦前の朝鮮・中国侵略は、条約等に基づいて国際法上合法的に行われたものであるから侵略ではない。
2日本は蒋介石と和平を結ぼうとしたが、コミンテルンに動かされた蒋介石のせいで日中戦争に引きずり込まれた。日本は被害者である。
3張作霖爆殺事件も盧溝橋事件も、コミンテルン中国共産党の仕業である。
4日本は朝鮮・満州を内地同様に開発した結果、治安も良く、人口も増加している。日本は朝鮮・満州の教育やインフラ整備を行っている。旧王族に対しても非常に優遇している。ゆえに侵略などであるはずがない。欧米列強の植民地支配とは大きく異なる。
5対華21か条要求は、列強の植民地支配が一般的な当時の国際常識に反するものではなく、イギリス・フランスも日本を支持している。中国も当初はこれを承認しており、不満を述べるのはアメリカの後押しの結果である。
6蒋介石国民党との間でも日本は常に中国側の承認の下に軍を進めている。廬溝橋事件当時の北京駐留の日本軍は5600名であり、北京周辺には数十万の国民党軍が展開していたから、形の上でも侵略にはほど遠い。

(戦前の対米関係)
7日米戦争はアメリカによって仕掛けられた罠であり、アメリカもコミンテルンに動かされていた。
8日本がハル・ノートを受け入れれば一時的にせよ日米戦争を避けることは出来たかもしれないが、アメリカから第2第3の要求が出されると想定され、結果として白人国家の植民地である日本で生活していた可能性が大である。

(太平洋戦争及び戦後処理)
9大東亜戦争後、アジア、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放され、人種平等の世界が到来し、国家間の問題が話し合いによって解決されるようになったのは、日露戦争大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。
10タイ・ビルマ・インド・シンガポールインドネシアで、大東亜戦争を戦った日本の評価は高い。
11日本軍の残虐行為を吹聴しているのは、日本軍を直接見ていない人たちであることが多い。日本軍の軍紀は他国に比較して厳正だったのであり、我が国が侵略国家だったというのは濡れ衣である。

(結論)
12日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国だ。私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければならない。

まず、コミンテルン共産党がらみの2・7は別に日本の話ではありませんし、
3についても信用度の低い史料として歴史学的には評価が定まっているので、置いておきます。

戦前の対米関係についての8については、
「侵略国家同士の共食い」は、日本にとって主観的には国家存亡のための戦いだった、というだけの話。

で、この文章、後に行くにつれて加速度的にハチャメチャ度が増していくのですが、極めつけが9。
 さて大東亜戦争の後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放されることになった。人種平等の世界が到来し国家間の問題も話し合いによって解決されるようになった。それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。
うーん、この人の思考回路はいったいどういう構造をしているんだろう…。論評不可能。

10は、そもそも日本が侵略する前からヨーロッパ諸国の植民地だった地域(タイ以外)ですし、
彼らからしてみれば、日本はヨーロッパ各国と共食いした挙句共倒れしてくれた、とも言えます。
そりゃあまあ悪く言わない人がいてもおかしくはないでしょうね。

11は、そもそも戦争そのものが残虐行為なので、無意味。


というわけで、結局、問題の根幹は戦前の対朝鮮・対中国関係についての評価、ということになります。
1・5・6はつまるところ、「当時の法律や慣行上問題ない行為だからOK」という趣旨。
(「5600で数十万の軍勢相手に戦ったから侵略ではない」というのは、まったくもって理解不能ですが)
この論法が不毛であることは、たとえば
阿片戦争は当時の国際法に則った手続きで行われた戦争であるから、非難されるいわれはない」
とか、
奴隷制度は当時のアメリカ国内法で認められていたから、人権侵害には当たらない」
とか、そういう風に類推すればお分かりいただけるかと思いますが。
過去の時点において合法性であったことが、未来において断罪されることもある、ということです。
法学的にはいざ知らず、少なくとも歴史学的には。

4の植民地経営の問題については、日本が日本の国益のために行ったことを、
後になっておためごかしに「役に立ったんだからありがたく思え」と言っているようなものです。
そう言われた側がありがたく思わなくちゃいけないいわれは、さらさらないでしょうね。
それに、治安の問題については義兵闘争・独立運動馬賊などを無視していますし、
人口増加については日本からの人口流入を無視しています。

ご本人もこれだけではさすがに気恥ずかしかったのか、ご丁寧にこんなことまで書かれています。
圧力をかけて条約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だという人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。
もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。
すごいよなー。自分で自分の論旨をぶち壊してしまえるんだもんなあ。
ぶち壊しといえば、戦前の日本自身が独立国として扱っていた満州国を、
わざわざ植民地として朝鮮・台湾と同列に論じています。いやはや。

まあ、ぶち壊しの度合いでいえば、対米戦争の大義を独立の維持に求めていることが最大なのですが。
その論法で行けば、朝鮮・中国にとって日本のやっていることが侵略以外の何者でもないことは自明ですよね。
つくづく、この手の人たちは何を考えてるんだろうなと不思議でなりません。


それにしても、こんな妄想を30枚ほど書いて賞金300万円というんですから、ボロい商売ですよ(笑)。