交響的カンタータ『創生記』。

交響的カンタータ『創生記』
指揮:山下一史
管弦楽京都市交響楽団
独唱:石橋栄実(S)・福原寿美枝(mS)・三原剛(B)
合唱:京都ミューズ・合唱団「創生記」

「何その曲?」と思われた方のために説明しておくと、
交響的カンタータ『創生記』は小川英晴作詩・葛西進作曲で2001年に初演された作品です。
構成は、1「序曲」、2「はじめに海が」、3「海にはいつも」、4「夜がめぐり」、5「河は流れた」、
6「その日のわたしは」、7「身体はとうに灰になった」、8「火は燃え尽き」、9「ついにわたしは」
の9曲、演奏時間約45分という現代作品としては大曲の部類に入ります。
編成も、通常のオケに加え、ハープが一台・ピアノが2台という大編成です。

現代曲というのは初演されてもなかなか再演にはこぎつけられないものですが、
この曲の演奏はこれが再々演で、今回は2006年以来3度目の公演でした。
前回の公演の時も感想を書いたのですが、今回はもう本当に「素晴らしかった」の一言に尽きました。
自分がかつて所属したという身びいき抜きで、掛け値なしに素晴らしい演奏だったと思います。
指揮の山下さんの力量と、それに応えたオケ・ソリスト・合唱団の力量の賜物でしょう。
初演には合唱団員として関わり、再演では一聴衆として客席で聴きましたが、
今回初めて、この曲の真価を知った気がします。
やっぱり曲というのは演奏されないとどうにもならないなあとしみじみ感じました。
いい演奏で聴かないと、曲の本当の姿というのはわからないものなんですね。
詩にこめられた詩人の魂、音楽に込められた作曲者の意思に、
今回ようやく生きた形で触れることができた気がします。

そして、これは個人的なことになりますが、聞き手としての自分も変わったのだなあと思うところがありました。
なんというか、過去2回の演奏では、自分は皮相的なところしか掴まえられていなかったのだなあ、と。
過去2回でも、自分は年齢的には十分大人でしたが、
人間として、「喪失」というものをまだ知らなかったように思います。
大切なものを失う悲しみや、やがて自分そのものが失われていくという悲哀を、実感としては知らなかった。
それは多分、「成熟」などではなく、「人生を折り返した」ということなのだと思います。
人生に中間点が物理的に存在するのではなく、
人は何かを失うことを知った時に、そしてそれがもう戻らないことを知った時に、
確かに人生を折り返し、過ぎ去った日々が戻らないことを実感するのだと、今はそう思います。

この曲で歌われているのは、そういった誕生・喪失・昇華の物語です。
それはもちろん、個人レベルでの生命のサイクルでもありますが、
それだけにとどまらず、文明や宇宙の規模で歌っているところに、
受け手の個々の事情というものを乗り越えうるだけの普遍性が生まれます。
人はどこから来てどこへ去るのか、人はなぜ生きるのか、
それは誰もが抱える想いでありながら、現代日本では放棄されているかのように思われる問いかけです。
この曲には、その問いも答えもなく、ただその有り様が描かれます。
それで良いのであって、生命の有り様をたどることは、そのまま生命についての問いかけなのです。
なんだか禅問答みたいですが(笑)、でも実際そうなんだと思います。
演奏者も聴衆も、その場を共有した人たちは、同じことを我が身に向けて問いかけたことでしょう。
私は問いかけました。自分はなぜ生きるのか。自分はこれまで何をなし、これから何をなすのか。
それこそが詩歌という哲学の一つの働きなのだと私は思います。

ここまで書いておいてこういうことを言うのもなんなのですが、
この曲が完全な形で演奏されたのはこれが3回目で、
楽譜は一般の流通にはかかっておらず、演奏の録音も出回っていません。
つまり、人に聴かせたくても聴かせようがない、という状況です。
これはあまりにも惜しく、そして歯がゆい。
演奏しようとする動きは曲の委嘱元である京都ミューズだけではないのですが、
いかんせん、合唱が必要でオケの編成も大きいとあっては、
公演を財政的に成り立たせるのは非常に難しいのです。
まあ、現実的には、ピアノ1台で伴奏可能なピアノ版に編曲していただいて、
その録音音源をYouTubeなどにアップする、といったことになるんでしょうか。
なんとかして、この曲を世に広めたいと思うんですけどねー。障害は大きいです。

個人として、歌詞の一部を紹介するくらいは許されるでしょう。
今回久しぶりに聴いて印象に残った歌詞は、メゾソプラノ独唱で歌われる第6曲「その日のわたしは」です

その日のわたしは 悲しいまでに一疋の蟻であった

その夜 わたしは砂漠から 身を起こして歩きはじめることもなく
いつまでも天上高くかがやく月であろうとした

砂漠を旅するとき わたしはわたしの廃墟にあって 無惨な沈黙に耐えている塔でもあった
だからわたしは 築いた塔がくずおれるとき すでにある砂漠に還るしかなかった

もとになった『創生記』という詩は壮大な長編で、それだけで一冊の本になっているのですが、
作曲に際してはその一部を抜粋・編集しています。