文楽への援護射撃・その2。

ドナルド・キーン氏による文楽擁護のコメントを先日紹介しましたが、
より詳しいインタビュー記事が昨日の毎日新聞の夕刊に掲載されていました。
毎日新聞のHPに記事がアップされていればそれを紹介するつもりだったのですが、
検索をかけても記事が出てこないので、どうもアップされないようです。
埋もれてしまうのは非常におしい、とても興味深いインタビューなので、出典を明記して紹介しておきます。
気になる方はぜひ本紙の方も読んでみてください。

毎日新聞3月23日夕刊(関西版)
[花の文楽コロンビア大学名誉教授 ドナルド・キーンさん
日本をこよなく愛し、能狂言、歌舞伎、文楽などの伝統芸能にも造詣が深い日本文学研究者で、コロンビア大学名誉教授のドナルド・キーンさん(89)。今月には日本国籍を取得したほか、大阪市による財団法人文楽協会への補助金凍結に憂慮を表明した(18日朝刊26面参照)。文楽への深い思いを聞いた。【宮辻政夫・専門編集委員

文楽が危機です。
大阪の芸術は何よりも文楽です。援助を切って文楽協会がなくなれば、大阪で文楽ができなくなるんじゃないかと心配しています。
橋下(徹)大阪市長だけのことでなくて教育の問題もあると思います。大体、日本で古典文学はないがしろにされています。高校生の時に「源氏物語」を数ページ読みますが、文学の価値に触れないで文法、分析ばかり。それでほとんどの高校生の一番嫌いな学科は国語なんです。また、大学に入ったら古典を勉強しない。日本文学は大変優れた文学です。教え方が根本的に間違っています。文楽の場合も同じです。大阪の子供たちが声を出して義太夫を語ったら、昔と変わらない人気があるはずです。音楽の時間に義太夫をあまり教えないです。文楽がだめになれば日本の地方の演劇も同じ運命になります。

◇1953年、京都大学大学院に留学したころから文楽に親しんだ。当時は名人がひしめく黄金時代。
豊竹山城少掾は晩年でしたが、竹本綱大夫、竹沢弥七らがいました。人形遣いでは吉田文五郎、桐竹紋十郎を何度も見ました。当時は四ツ橋文楽座です。陰気な劇場で寒い(笑い)。黄金時代にもかかわらず観客は30人か40人。しかし驚きました。「忠臣蔵」になると、わーっとみんな見に来ました私は「忠臣蔵」の通しを朝から晩まで見ました。いい気持ちでした。

近松門左衛門の研究も有名。
博士論文は「国性爺合戦」でした。次に翻訳したのは「曽根崎心中」です。留学して京大で「ぜひ『曽根崎心中』を見たい」と言ったら、みな笑ったです。「(再演から)230年間、一度も上演されたことがない」と。上演されない理由がありました。一つは古い音楽がなくなった。二つ、近松は1人遣いの人形のために書いたが、今は3人遣いで合わない。三つ、話が単純で退屈するだろう、と。しかし同じ年、歌舞伎で復活されました。3年後、文楽でも復活。私、どんなに喜んだでしょう(笑い)。「やったー!」。今でも人気のある芝居です。常識は完全に誤っていたんです。

近松が英国で生まれていたら、シェークスピアのような世界的大作家では。
そう思います。シェークスピアと似ていないところはあります。「曽根崎心中」のお初、徳兵衛のような(下層階級の)人は、シェークスピアでは悲劇の主人公にはなれない。姫様とか大将とかでないと。それはヨーロッパの伝統です。「曽根崎心中」(初演1703年)の後、1731年に英国でジョージ・リロの「ロンドンの商人」という悲劇が出ました。主人公は一般階級の人間でした。
徳兵衛という人物は外国の芝居にはないんです。まず弱虫です。数人に殴られたり蹴られたりします。次の場面では、はってお初の打ち掛けの下に入ります。外国では英雄(主人公)がはうとは考えられないです。そして足を使って女(お初)の方から「死にたい」と(誘う)。しかし(心中へ行く)道行で徳兵衛が変わります。彼は愛する人を殺し自分も「自殺できる」人になります。もう弱虫ではありません。彼は一人前の主人公になります。それは愛の力です。階級は問題じゃない。彼はしょうゆ屋で彼女は女郎です。しかし大きな悲劇があります。それが近松の発見です。あとでヨーロッパ人も分かるようになりました。

簡単に自分の興味を引いたことをメモしておくと、一つは、冒頭で述べられている国語教育の問題ですね。
これについては書きたいと思っていることが前からあるのですが、なかなか形にする時間がなくて…。
二つ目は、「曽根崎心中」の復刻に関する下りです。
伝統や文化というものは、時として当事者ではなく外来者によって再認識・再評価されるものですが、
この周囲との温度差のエピソードも、それと同様だったのかなあ、と。
それは、現在文楽が置かれている状況と、キーン氏のコメントとの関係にも通じるのかもしれません。
せっかくこうやって評価してくれる人がいるのですから、われわれ自身の認識も改めたいものです。

他にも個別にいろいろ面白いことはあるのですが、余裕がないので取り急ぎこの辺で。