「奈良に現存する奈良期の建造物」。

ここ数日、学振の書類作成の都合で睡眠時間が削られていたのですが、
とりあえず火曜日で一段落したので、今日は朝から奈良へ。
お目当ては、

平城宮朱雀門(復元)
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a5/64/historian126/folder/1497050/img_1497050_46501855_0?2007-04-26 04:53:16

東大寺転害門
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a5/64/historian126/folder/1497050/img_1497050_46501855_1?2007-04-26 04:53:16

東大寺三月堂
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a5/64/historian126/folder/1497050/img_1497050_46501855_2?2007-04-26 04:53:16


です。
平城宮朱雀門は近年はやりの復元建造物の事例ですよね。
確かに立派でした。見た瞬間「でけえなあ」と思いましたし。
↓南側から見るとこんな感じになる
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a5/64/historian126/folder/1497050/img_1497050_46501855_4?2007-04-26 04:53:16

ただ正直なところ、個人的にはあまり心魅かれないのですが。
まあねー、「遺跡を柱穴の位置とかだけで表示されても実感わかないです」という意見が
一方であるのも、確かにそうなんでしょう。
しかし、立派な建物だったんだけど、人は全然来なさそうだったな(苦笑)。
立地が悪いですからねー(それこそ仕方ないけど)。
大和西大寺の駅から30分ぐらい歩いたんじゃないかなー。
ちなみに、現在は大極殿正殿の復元工事中で、
平城遷都1300年にあたる平成22(2010)年の完成を目指しています。

で、東大寺転害門・三月堂、正倉院は、「奈良に現存する奈良期の建造物」ということです。
これが案外少なくて、他には薬師寺東塔、唐招提寺金堂・講堂・経蔵・宝蔵、新薬師寺本堂ぐらいのはず。
東大寺興福寺関係がほとんど1180(治承4)年の平重衡の南都焼き討ちで焼けちゃいましたからね。
まあもっとも、京都だと「平安京域に現存する平安期の建造物」というのは存在しないのですが。
(もちろん応仁の乱のせい)

奈良博で今やってる「神仏習合」も見たかったんですけど、
今日は3時から大学で研究会だったんで無理でした。
つか、朝から歩き詰め→研究会→塾でバイト→明日のレジュメの仕上げで、
さすがにちょっとしんどかったっす。
神仏習合」を見るとなると、また来月あたりに奈良に行くことになるな~。

ようするに、こんな話を今週の授業でするんですけど、
実際に見ることができるものについては、「見てきたようなこと」を言いたくない性質なので…。
この行動原理で行くと、今年はえらく史跡を巡る年になりそうです。

おまけ
二月堂から見た奈良市街です。この眺めが個人的に大好きで。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a5/64/historian126/folder/1497050/img_1497050_46501855_5?2007-04-26 04:53:16