清水寺を語る。
後期の授業もこれで4回消化しましたが、どうも学生の雰囲気が全体にだれてきている上に、
「好きだから日本史取ろう」という人は前期であらかた登録してしまって、
後期は「とりあえず入れとくか」ぐらいの熱意がいまいちな人たちの集団と課しております。
あまりの食いつきの悪さに、史跡観光案内増量キャンペーン中(苦笑)。
「好きだから日本史取ろう」という人は前期であらかた登録してしまって、
後期は「とりあえず入れとくか」ぐらいの熱意がいまいちな人たちの集団と課しております。
あまりの食いつきの悪さに、史跡観光案内増量キャンペーン中(苦笑)。
一般にどの程度知られているのかわかりませんが、清水寺は平安京遷都以前の創建伝承を持つ寺院です。
778(宝亀9)年に延鎮という僧が、夢でお告げのあった霊泉(だから「清水」寺)を探して音羽山に行き、
(↑音羽の滝)
そこで数百年も修行を続けているという行叡に出会います。
で、行叡は「自分はこれから東国へ旅立つので、後を頼む」と言い残し去っていくのですが、
行叡が残していった霊木に延鎮を観音像を刻み、草庵に安置したのが、清水寺のはじまりと伝えられています。
だから清水寺の本尊は観音さまで(この観音様が平安時代から「霊験あらたかだ」と評判でして)、
そもそも「清水の舞台」は本堂である観音堂に付随するものです。
778(宝亀9)年に延鎮という僧が、夢でお告げのあった霊泉(だから「清水」寺)を探して音羽山に行き、
(↑音羽の滝)
そこで数百年も修行を続けているという行叡に出会います。
で、行叡は「自分はこれから東国へ旅立つので、後を頼む」と言い残し去っていくのですが、
行叡が残していった霊木に延鎮を観音像を刻み、草庵に安置したのが、清水寺のはじまりと伝えられています。
だから清水寺の本尊は観音さまで(この観音様が平安時代から「霊験あらたかだ」と評判でして)、
そもそも「清水の舞台」は本堂である観音堂に付随するものです。
でもって、これもどの程度知られているのかよくわかりませんが、
清水寺は征夷大将軍坂上田村麻呂ゆかりの寺院です。
伝承によると田村麻呂は780(宝亀11)年に、
妻の病気平癒のため薬になる鹿の生き血を求めて音羽山に入り込みます。
で、延鎮に出会い殺生の罪を説かれた田村麻呂は、自邸を本堂として寄進し、
後に征夷大将軍となった田村麻呂は、観音の加護によって蝦夷平定に成功する、という話。
だから、ちゃんと田村堂(開山堂)に田村麻呂の像が安置されているし
アテルイ・モレ(蝦夷の族長達)の碑もある。
(建都1200年の1994年に建てられた新しいものですけどね)
『清水寺縁起絵巻』にも蝦夷平定の場面はきっちり描かれてるんですが、
この画像にあまりお目にかからない理由は、
きっと蝦夷の姿が鬼として描かれてるからなんじゃないのかなー、と。
(勝手な推測ですけど)
清水寺は征夷大将軍坂上田村麻呂ゆかりの寺院です。
伝承によると田村麻呂は780(宝亀11)年に、
妻の病気平癒のため薬になる鹿の生き血を求めて音羽山に入り込みます。
で、延鎮に出会い殺生の罪を説かれた田村麻呂は、自邸を本堂として寄進し、
後に征夷大将軍となった田村麻呂は、観音の加護によって蝦夷平定に成功する、という話。
だから、ちゃんと田村堂(開山堂)に田村麻呂の像が安置されているし
アテルイ・モレ(蝦夷の族長達)の碑もある。
(建都1200年の1994年に建てられた新しいものですけどね)
『清水寺縁起絵巻』にも蝦夷平定の場面はきっちり描かれてるんですが、
この画像にあまりお目にかからない理由は、
きっと蝦夷の姿が鬼として描かれてるからなんじゃないのかなー、と。
(勝手な推測ですけど)
さて、「京都にあまり来たことがないような人を最初に連れて行くとしたらどこか?」
と聞かれたら、私なら迷わず清水寺と答えます。
ベタっちゃあベタなんですけど、でもやっぱいろんな意味でよくできてるんですよ。
と聞かれたら、私なら迷わず清水寺と答えます。
ベタっちゃあベタなんですけど、でもやっぱいろんな意味でよくできてるんですよ。
1 「清水の舞台」を多角的に楽しめる。
あれだけのびのびと中で楽しめる国宝建築も珍しいと思いますが、
それだけじゃなくて、いろんなところからの見え方を楽しめるんですよね。
例えば、この図は清水寺のHPから拝借してきてちょっと手を加えてますが、
あれだけのびのびと中で楽しめる国宝建築も珍しいと思いますが、
それだけじゃなくて、いろんなところからの見え方を楽しめるんですよね。
例えば、この図は清水寺のHPから拝借してきてちょっと手を加えてますが、
③子安塔への参道
と、いろんなところからの見え方が楽しめるわけです。
と、いろんなところからの見え方が楽しめるわけです。
2 いつ行ってもハズレがない。
春の桜、夏の緑、秋の紅葉、冬の枯れた風情(場合によっちゃあ雪化粧)と、
四季折々いつ行ってもハズレがないところがありがたい。
まあ冬に行くと極寒の地と化している場合も往々にしてありますが(苦笑)。
春の桜、夏の緑、秋の紅葉、冬の枯れた風情(場合によっちゃあ雪化粧)と、
四季折々いつ行ってもハズレがないところがありがたい。
まあ冬に行くと極寒の地と化している場合も往々にしてありますが(苦笑)。
3 程よく観光地化している。
まあ「観光地化しすぎている」という意見もあるかもしれませんが、
あれぐらいにぎわっていておみやげ物屋が並んでいる方が、観光客としては楽しいです。
(結局のところ、僕だって住民ではないので観光客目線)
インパクトで言えば清水寺以上のお寺はもちろんありますが、
例えば海外からのお客様を金閣寺にお連れすると、見たあと周りに何もないでしょう。
その点、清水寺なら高台寺やら八坂の塔やらを経由して八坂神社に出て、
そこから食事なりお茶なりにお連れすれば良い訳でして。
あと、おみやげ物で言えば清水焼という特産品の存在も大きい。
まあ「観光地化しすぎている」という意見もあるかもしれませんが、
あれぐらいにぎわっていておみやげ物屋が並んでいる方が、観光客としては楽しいです。
(結局のところ、僕だって住民ではないので観光客目線)
インパクトで言えば清水寺以上のお寺はもちろんありますが、
例えば海外からのお客様を金閣寺にお連れすると、見たあと周りに何もないでしょう。
その点、清水寺なら高台寺やら八坂の塔やらを経由して八坂神社に出て、
そこから食事なりお茶なりにお連れすれば良い訳でして。
あと、おみやげ物で言えば清水焼という特産品の存在も大きい。
長くなったので、もう一つの理由は別記事で。