小野妹子墓・科長神社(竹内街道を行く・その6)。
さてさて、太子町には他にも有名人のお墓がありまして。
・小野妹子墓
言わずと知れた、最初の遣隋使(『日本書紀』)ですね。
もっとも、何でこんなところに墓があるんだ?という気がしないでもないですが。
というのは、小野氏の本貫地は近江国滋賀郡小野で、
小野妹子の子である小野毛人の墓は、京都市左京区高野で見つかっていますから。
まあ、別にここにあっておかしいわけじゃありませんがね。
・小野妹子墓
言わずと知れた、最初の遣隋使(『日本書紀』)ですね。
もっとも、何でこんなところに墓があるんだ?という気がしないでもないですが。
というのは、小野氏の本貫地は近江国滋賀郡小野で、
小野妹子の子である小野毛人の墓は、京都市左京区高野で見つかっていますから。
まあ、別にここにあっておかしいわけじゃありませんがね。
ちなみに、参道はまたこんな石段(笑)。
途中にはこんな石碑が。
写真が小さくて見えづらいですが、「小野妹子後裔華道家元四十三世池坊専啓」とあります。
池坊は小野妹子の子孫を称しているわけです。
「六角堂といえば聖徳太子」→「聖徳太子といえば小野妹子」という連想なんでしょうかねー。
(※六角堂は聖徳太子が建てたと伝えられています。)
途中にはこんな石碑が。
写真が小さくて見えづらいですが、「小野妹子後裔華道家元四十三世池坊専啓」とあります。
池坊は小野妹子の子孫を称しているわけです。
「六角堂といえば聖徳太子」→「聖徳太子といえば小野妹子」という連想なんでしょうかねー。
(※六角堂は聖徳太子が建てたと伝えられています。)