図書館学と文化財保存と研究。

今日は図書館が閉まるまで大学で調べ物。
私が大学院に入った頃から、大学の中央図書館はメチャメチャサービスが良くなって、
夜の10時まで開館してくれています。
書庫は8時30分に閉まりますが、それでも助かる。
一方、文学部は頑なに12~1時サービス停止・5時閉館でしたが、
最近ようやく軟化して、7時までは開くようになりました。

で、うちの図書館には、図書というよりはもはや文化財じゃないのか、それは?というシロモノが
結構ゴロゴロあります。
で、それらの図書はある程度は貴重書扱いになっているのですが、
かなりの部分が一般図書の扱いのままです。
そんなわけで、うちの図書館の書庫には平安時代の貴族の日記の江戸時代の写本なんかがゴロゴロあって、
場合によっては室町期の写本なんかもあります。
これがただの図書扱いってことは、貸し出しなんかもできちゃうんですよね。
もちろん、書庫の中でも好き放題読めます。
虫が食ってたりすることもあって、結構取り扱いが怖かったり。
(実際には、めったに使うことはないのですが)

こんな大事なもんをこんな扱いでいいのかなあとも思うのですが、
図書館の司書さんとしては、新しかろうが古かろうが「図書一点」に変わりはなし。
どちらも平等な扱いというのは、それはそれでひとつの立派な考え方です。
だから、それがまずいと思うのなら、歴史学の立場から鑑みて、これは大切な史料だから、
これこれの指定をして、相応の扱いをしたほうが良いですよ、と働きかけるべきなのです。

ところが一方で、歴史をやってる人間としては、そうしたくない気持ちも一方にあります。
というのは、貴重書扱いになると、とたんにアクセスがしにくくなるからです。
現に、貴重書の扱いは年々厳しくなっていて、
見ようと思ったら資格とか手続きがものすごく大変という状況が生まれつつあります。
師匠の師匠であるU先生がいみじくもおっしゃっていましたが、
「人が触れることができない史料に史料としての価値があるのか?」ということです。
これは文化財一般に言えることで、文化財保護のために写真やレプリカで我慢するべきなのか、
研究のために現物を見せるべきなのか。
この兼ね合いって難しい…。