『エリザベート』(東宝版)。

ミュージカル『エリザベート』(東宝版)@帝国劇場 8月22日(土)

脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽:シルヴェスター・リーヴァイ
演出・訳詩:小池修一郎

エリザベート/花總まり トート/井上芳雄 フランツ/田代万里生
ルドルフ/古川雄大 ゾフィー/香寿たつき ルキーニ/尾上松也
ルドヴィカ/マダム・ヴォルフ/未来優希 マックス/大谷美智浩
エルマー/角川裕明 シュテファン/広瀬友祐 リヒテンシュタイン/秋園美緒


たびたびレビューを書いているこの作品ですが、
今回は隣の席のお客さんが「夜のボート」を泣きながら聴いているのに出くわして、
ああ、この曲で涙するのは僕だけじゃなかったんだと嬉しかったです(笑)。

結婚してから初めて、そして、これから親になりますというタイミングで見て、
何か見方が変わるかなーと思っていたのですが、やっぱりそれなりに変わりましたね。
今までと受け取り方がいちばん違ったのは、ルドルフの自殺のあと、
悲嘆に暮れるフランツとシシィの姿に対する感想です。
今まではどこか冷めた目で見ているところもあったのですが(ルキーニもそういう風に歌いますし)、
今回は、それでもやっぱり、自分がもしも息子を自殺させてしまったら……
それも、自分だけに救うチャンスがあったのに……その悲しみと後悔は、どれほどのものだろうか、と。

で、そのあとに「夜のボート」が来て、それでもなお、やっぱり二人は分かり合えないわけです。
客観的に見てどれだけ批判に値しようと、主観的には、当事者としては、やはりそれは悲劇でしょう。
全生涯をかけても、いちばん身近な存在と分かり合えないかもしれない。
そういう人生を、我々は生きていかなければならない……って、念のために書いておきますが、
決して現在の」自分の結婚に対して思っているわけではないです、ちゃんと幸せです(笑)。
そらまあ、将来のことはわかりませんが、そのようなことのないように心する方が、はるかに建設的でしょう。
どっちかというと、過去のこれまでの自分の経験に対してですかね~。

もう一つ、今までと大きく見方が変わったのが、シシィの父マックスの存在でした。
変わったというか、今までほとんどマックスのことなんて気にしたことがなかったんですが、
今回改めて、ああ、これは困った人だ、と。
なんでしょう、自由だと言えば聞こえはいいですが、
社会的地位を負った人が、能力はあるのに責任を果たそうとしないというのが、
どれだけ困ったことかというのを、再認識させられたわけですね。
マックスは決して無能ではないんです。それどころか、周囲が舞い上がっている中で、極めて冷静に、
フランツとの結婚が、娘のためにならないことを重々承知しています。
でも、彼はそれに対して何もしないんです。娘に対して働きかけることすらしないんです。
それは実は、シシィのルドルフに対する姿勢とも通じています。
これでは、物は見えていても、見えていないのと同じか、それ以上にたちが悪い。
というわけで、今回「パパみたいに」「ママみたいに」というのは、ちょっと皮肉っぽく見てしまいました。
別に、そのことでキャラクターを断罪したり作品をけなしたりということではありません。
作品をきっかけに、自由とか責任とかいうことについて考えさせられたということです。
どちらかというと派生的な感想ですが。
それに、これはマックスやシシィは、自らの意志に関わらず、生れによってそういう責任を背負わされたので
あって、むしろそれは身分制の問題なんじゃないか、ということになります。

あと、作品の構成上のことでいうと、今回はたと思ったのは、
トートが少女時代のシシィを黄泉の国へと連れて行かなかったことが、
結果的にハプスブルク帝国が滅びる原因になったのか、ということです。
曲としては「フランツとシシィの結婚」が「すべての過ち」とされていますが、
考えようによっては、シシィの命を助ける代わりに、
トートは結果的に呪いをかけたのだという風にも言えるのかなあ、と。
その呪いの名は「自由」。
シシィが言うところの自由とは個人としてのものであり、
民族主義者・共和主義者が唱えるところの政治的自由とは異なりますが、
結果的にハプスブルク帝国を崩壊に導いたという点では共通しています。
そういう意味では、トートが一方でハンガリー独立運動家を援助する役回りというのは面白いですね。
トートはハプスブルク帝国にとっての呪いをせっせとふりまいているわけです。

独立運動家といえば、チェコ独立運動家役のおじさま(多分ツェップス?)が、
めちゃめちゃ渋くてカッコよかったです!(笑)ああいう50代になりたいものです。
セリフはあんまりないんですけどね、ルドルフが官憲に捕まる場面では、
ルドルフを一生懸命かばったものの、撃たれてしまいます。で、エルマーに介抱されながら退場。
パンフレットには役者さんの名前が挙がっていません。残念。
カーテンコールでも舞台に上がってなかったような気がするんですけど……。

僕が見た回のキャストは、トートとフランツがいずれもかつてのルドルフで、見ていて感慨深いものがありました。
きっと他のお客さんもそうだったはず(なにしろ「おけぴ」の貸し切り公演だったので)。
井上さんのトートは安定した歌唱力で、素晴らしくうまかったです。
あえて欲を言えば、役柄的には、それに+αされるような、理屈抜きの要素が何か欲しかったような気が。
まあ、ファンなんて勝手なもんです。

田代さんのフランツは、誠実感溢れる真っ直ぐな歌声で、実に素敵でした。
このカイザーなら忠誠誓っちゃうな~。それだけに、「夜のボート」が悲しかった(涙)。
この作品って、作中で50年近い歳月が流れてしまうので、
特にシシィとフランツは若年~老年の演技ができないといけないわけですが、
その点で、田代さんはもちろん、やっぱり花總さんは素晴らしかったです!
これがさすがの娘役、ってことなのでしょうか。

あと、印象に残ったのは香寿さんのゾフィーですね。
東宝版はゾフィーの存在感が一つの肝なんですが、どっしりしていてとてもよかったです。
尾上さんのルキーニも良かったんですが、まだキャラづくりを模索中なのかな~とちょっと思ったり。
まあ、何しろ高嶋さんが長かったですからね。
しかし、なぜ今回は東京公演しかなかったのか……大阪でも演ってくださいよ東宝さん。