桑原水菜『炎の蜃気楼』を褒め称える。

で、前に書いた、「歴史小説・歴史マンガ談義」のお話。
入門講座でのY先生のお話は、「御館の乱」の時の上杉景勝の書状がテーマでした。
御館の乱上杉謙信の死後、景勝派と景虎派の間で起こった跡継ぎ争い。
 謙信には実子がなく、同族の上田長尾氏から景勝を、北条氏から景虎を養子にもらっていました。
この話、私は懐かしいな~と思いながら聞いていました。
というのは、この「御館の乱」の登場人物である景虎を主人公にした
桑原水菜炎の蜃気楼(ミラージュ)』が、大好きな作品の一つだったからです。

ご存じない方のために説明しておくと、『炎の蜃気楼』は1990~2004年にかけて、
コバルト文庫から出された(実に全40巻!)、サイキック現代歴史小説(笑)です。
(ついでに言うと、当初は学園ものでもあった。)
主人公上杉景虎は、父謙信の命を受け、怨霊となった戦国武将たちを調伏するために、
現代まで換生(肉体が死んでも魂は死なず、他の肉体に乗り換えて生き続けること)を繰り返し、
最大の敵である第六天魔王織田信長と対決して…というお話。

それで、懇親会のときに、Y先生に「御館の乱は、前に読んだ小説ですごくなじみがありまして…」
と話を振ってみると、「あ、それって『炎の蜃気楼』?」とのお返事。
えー、何で知ってるんですか??だってコバルトの作品ですよ(笑)。
先生は新潟のご出身で、上越の人から、「最近女子高生の観光客が多くて、
みんな御館城に登って行くんです。時代は変わったんですね~」と言われて、読まれたのだとか。
この業界に入って、『炎の蜃気楼』について語れた相手はY先生が二人目です。
(一人目は研究室の先輩(女性)ですが、このネタは表向きには封印されてます)
Y先生曰く、「最近このネタを授業で振っても、知らない子が多いから反応がないんだよね~」。
確かに。リアルタイムで読んでるのは、僕と同世代かちょっと上の人(30歳前後)でしょう。
ちなみに、私の場合は大学の学部時代に人から借りて読みました。
最後のほうは自分で本屋で買って読んでましたね(苦笑)。

もっとも、先生はかなーり歴史小説・マンガがお好きなようで、
話は里中満智子竹宮惠子などの作品に展開。
里中満智子長屋王残照記』・竹宮惠子吾妻鏡』は傑作だ!」という結論に。
「女性作家の作品は、心理描写が抜群に上手い。
 竹宮惠子の『吾妻鏡』を読んで北条時房を卒論のテーマにした人は増えたけど、
 横山光輝の作品を読んで歴史に進もうとする人はいない(笑)」とY先生力説。

いや、でもね、こういう作品て大事だと思うんですよ。
言ってみれば、タダで歴史の宣伝をしてくれているわけですから。
もちろん、そこに書いてあるものを事実だと受け取ってしまったり、
創作と研究の区別がつかなかったり、研究対象の歴史的意義と自分の趣味を混同してしまったりすると
困りますが、それは学問として取り組み始めてから訓練してもよいわけで。
目的が正しければ、入り口はどこからでもいいわけです。
一般向けの概説書から入るのもよし、身近にある遺跡への興味から入るのもよし、
文化・芸術方面から入るのもよし、博物館から入るのもよし。
そういったたくさんのチャンネルが開かれていることが、
多くの人に歴史というものを知ってもらうために必要なのではないかと思います。

そう言った点で、このとき話に上った作品は、読み物として良質なだけではなく、
作り手がすごくよく勉強しておられるという点でも貴重ですね。
桑原さんの作品なんかも、読んでてすごいな~と思いますよ。
かつては、小説に書かれたことが歴史学での通説になった永井路子『炎環』
源実朝暗殺事件が題材)なんていう偉大な先例も。
最近はちょっとトホホな作品も多い歴史小説・歴史マンガですが、
だからこそ、良い作品はどんどん評価していくべきなのではないかと思います。
(Y先生には、「『炎の蜃気楼』の愛蔵版が出る時には推薦文を書かれたらどうですか?」
 と言ったのですが…笑)

ちなみに私の場合、歴史にはまったきっかけは、小学生の頃に読んだマンガ『日本の歴史』でした。
小学館版で、監修者は学習院大学の児玉幸多先生。
これははっきり言って名作。これを読むと、他のマンガの『日本の歴史』は受け付けなくなります。
んでもって、中学・高校で中央公論社の『日本の歴史』(これも名作。最近新装版が出ています)を
読み、今に至るというわけです。ある意味王道パターンですね。